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相続の現場でしばしば問題となるのが、「被相続人の使途不明金」です。これは、被相続人の預貯金が生前または死亡直後に引き出され、その使途が不明なままになっている金銭を指します。金額が大きい場合には、相続人間の信頼関係が崩れ、調停や訴訟に発展することも少なくありません。
本コラムでは、使途不明金の法的性質、立証のポイント、具体的事例などを解説します。
使途不明金とは、被相続人の財産のうち、出金の事実はあるものの、その使い道が明らかでない金銭を指します。たとえば、認知症を患っていた親の口座から多額の現金が引き出されていたにもかかわらず、それが何に使われたのかが不明であるといったケースが典型です。
使途不明金の返還を求めるには、客観的な証拠の収集が不可欠です。まず、預金通帳や取引履歴を確認し、出金の事実を明らかにします。次に、払戻請求書やATMの利用記録などから、誰が出金したのかを特定します。さらに、被相続人が出金できない状態であったことを示すために、医療記録や介護記録を活用することも有効です。加えて、出金後の使途を裏付ける領収書や、場合によってはSNSの投稿なども証拠として活用されることがあります。
使途不明金をめぐる争いは、まず相続人間の話し合いによって解決を図るのが理想です。全相続人の合意が得られれば、使途不明金を「みなし遺産」として遺産分割の対象に含めることが可能です。しかし、合意が得られない場合には、調停や民事訴訟に移行し、不法行為または不当利得に基づく返還請求を行うことになります。
なお、これらの請求には時効があり、不法行為の場合は発覚から3年以内に行う必要があります。資料を確認したり整理したりする時間もかかりますので、早めに行動を開始することが重要になります。
以下に、実際の相続トラブルでよく見られる「被相続人の使途不明金」に関する具体的な事例を3つご紹介します。
被相続人である父は晩年に認知症を患っており、財産管理を長女が担っていました。父の死後、相続人である弟が通帳を確認したところ、過去3年間で約1,000万円が引き出されていたことが判明しました。長女は「介護費用や生活費に使った」と主張しましたが、領収書や記録がほとんど残っておらず、弟は「使い込みではないか」と疑念を抱きました。
このケースでは、弟が長女に対して不当利得返還請求または不法行為に基づく損害賠償請求を検討することになります。ただし、長女が実際に父のために支出していた場合には、返還義務は生じません。争点は「誰のために、どのように使われたか」を証明できるかどうかにあります。
被相続人である母と同居していた長女が、母の口座から500万円を引き出していたことが、相続開始後に発覚しました。長女は「母から『自由に使っていい』と言われた」と主張し、生前贈与であると説明しましたが、贈与契約書や証拠は存在しませんでした。
この場合、他の相続人(たとえば長男)は、長女が受けた金銭を「特別受益」として遺産に持ち戻すよう主張することができます。仮に贈与が事実であっても、相続分の公平を図るため、遺産分割の際に考慮されることになります。
父が亡くなった直後、相続人の一人である次男が、父のキャッシュカードを使って口座から300万円を引き出しました。次男は「葬儀費用や初七日などの支払いに使った」と説明しましたが、領収書の一部が欠けており、他の相続人から疑念を持たれました。
このようなケースでは、出金の使途が正当であるかどうかが争点になります。仮に一部が私的に流用されていた場合には、その分について不当利得返還請求が可能です。逆に、正当な支出であれば、遺産分割協議の中で調整することができます。
これらの事例は、いずれも「証拠の有無」が争点の中心になります。記録が残っていない場合、疑念が深まり、感情的な対立に発展することも少なくありません。したがって、財産管理を担う立場にある人は、日頃から領収書や支出記録を残すことが重要です。
実務上、使途不明金の問題に直面した際には、まず「使い込み」と決めつけず、冷静に事実関係を確認することが重要です。被相続人のために使われた可能性もあるため、感情的な主張ではなく、客観的な証拠に基づいて判断する必要があります。また、出金が生前贈与であった場合には、特別受益として遺産に持ち戻して計算する必要がある点にも注意が必要です。
このようなトラブルを未然に防ぐためには、被相続人の財産管理を透明化することが重要です。たとえば、定期的に家族に報告を行い、出金の記録を残すことが有効です。また、後見制度や家族信託などの法的制度を活用することで、財産管理の透明性を高めることができます。さらに、家族間で定期的に話し合いを行い、相続に関する情報を共有しておくことも、信頼関係の維持に役立ちます。
使途不明金の問題は、相続人間の信頼を損なう深刻なトラブルに発展しかねません。早期の対応と証拠の確保、そして冷静な話し合いが解決の鍵となります。必要に応じて、弁護士などの専門家の助言を得ることも検討しましょう。