コラム

【遺留分侵害額請求における特別受益の取り扱い】

1.問題の所在――なぜ「特別受益」が遺留分侵害額請求で争点になるのか

遺留分侵害額請求の実務では、単に
「遺言で不公平だったか」
という問題にとどまりません。

実際には、

  • 生前に一部の相続人だけが多額の援助を受けていた
  • 被相続人が「持戻し免除」の意思表示をしていた
  • 贈与が10年以上前に行われていた

といった事情が重なり、
その贈与(=特別受益)を遺留分計算にどう反映させるかが核心になります。


2.前提整理――遺留分侵害額請求の基本構造

(1)遺留分侵害額請求とは

2019年7月1日施行の民法改正により、従来の「遺留分減殺請求」は廃止され、
**金銭請求権としての「遺留分侵害額請求」**に一本化されました(民法1046条)。

この結果、遺留分は次の二段階で算定されます。

  1. 遺留分算定の基礎となる財産額を確定
  2. 各遺留分権利者の遺留分侵害額を算出

特別受益は、この両段階で異なる形で関与します。


3.特別受益とは何か(再確認)

特別受益とは、
被相続人が特定の相続人に与えた遺産の前渡し的利益をいい、民法903条1項に規定されています。

対象となるのは、主に以下です。

  • 相続人に対する遺贈
  • 婚姻・養子縁組のための贈与
  • 生計の資本としての贈与(住宅取得資金、事業資金など)

相続人以外への贈与は、原則として特別受益に該当しません。


4.第一段階:遺留分算定の基礎財産と特別受益

(1)原則:相続開始前10年以内の特別受益のみ算入

改正民法1044条により、

相続人に対する特別受益は、原則として相続開始前10年以内のものに限り、
遺留分算定の基礎財産に算入される

とされました。

これは、過度に古い贈与まで遡ることによる不安定性を避けるためです。


(2)例外:悪意の贈与

被相続人と受贈者が、
遺留分権利者を害することを知りながら行った贈与については、
10年を超えていても算入されます。


5.第二段階:遺留分侵害額の計算と特別受益

ここが最も誤解されやすいポイントです。

(1)遺留分侵害額の算式

民法1046条2項により、遺留分侵害額は次の構造で計算されます。

遺留分侵害額
= 個別的遺留分
遺留分権利者が受けた特別受益の額


(2)重要ポイント:ここでは「10年制限がない」

遺留分権利者自身が受けた特別受益については、

10年以上前のものであっても、全額控除される

と解されています。

つまり、

  • 基礎財産に「加算」する場面 → 10年制限あり
  • 侵害額から「控除」する場面 → 10年制限なし

という非対称構造になっています。


6.持戻し免除と遺留分侵害額請求

(1)持戻し免除とは

被相続人が、 「この贈与は相続分の計算に含めない」 という意思を示すことを持戻し免除といいます(民法903条3項)。


(2)結論:持戻し免除は遺留分計算に影響しない

最高裁平成24年1月26日決定は、

持戻し免除の意思表示があっても、
特別受益は遺留分算定の基礎財産に算入される

と明確に判示しています。

理由は、遺留分制度が
被相続人の意思よりも優先して相続人の最低保障を図る制度だからです。


7.具体例で整理する

事例

  • 相続人:長男A・次男B
  • 遺産:2,000万円
  • 生前贈与:
    Aに住宅資金1,000万円(5年前)
    Bに事業資金500万円(15年前)

処理

  1. 基礎財産
    2,000万+1,000万=3,000万円
    (Bの15年前の贈与は加算されない)
  2. 遺留分(1/2×1/2)
    各750万円
  3. 侵害額
    Bの遺留分750万 − Bの特別受益500万(ここでは15年前の贈与も控除される) = 250万円

→ Bは250万円のみ請求可能です。


8.実務上の注意点

  • 「10年ルール」は万能ではない
  • 持戻し免除=遺留分対策ではない
  • 遺留分侵害額請求では
    自分が何を受け取ってきたかも必ず精算対象になる
  • 時効(知った時から1年、相続開始から10年)にも要注意 [authense.jp]

9.まとめ

遺留分侵害額請求における特別受益の取り扱いは、

  • 加算の場面
  • 控除の場面

を峻別しないと、結論を誤ります。

特別受益は、
「他人を責めるための材料」であると同時に、
自分の請求額を減らす刃にもなり得る点に、
この制度の難しさがありますので、注意しましょう。

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